【報告】『デジタル化と人間・社会の変容』(第13回適正技術フォーラム/2022年度ATFJ研究会)

適正技術フォーラム(ATFJ)では、2022年度の重点テーマとしてデジタル化の問題を取り上げ、『デジタル化と人間・社会の変容』をテーマとしてフォーラムを開催するとともに、同じテーマで、全5回シリーズの研究会を開催しました。

今日、デジタル化が、社会に進歩と革新をもたらし経済を発展させるものとして、急速に進められようとしていますが、それが人間の能力、人格形成、人間関係等にどのような影響を及ぼし、総じて人間とその社会を本当に豊かにするものなのかどうかは明らかでありません。今回のフォーラムや研究会は、適正な技術選択をめざす観点から、これらの新しい技術群がもたらす正の面と負の面にともに光を当てながら、デジタル化と人間・社会の変容の全体像にせまり、それにいかに向き合うかを考えようとしたものです。

第13回適正技術フォーラム『デジタル化と人間・社会の変容』

このフォーラムは、2022年10月8日(土)の午後2時から5時まで(予定では4時30分まで)オンライン開催され、約50名の方が参加されました。フォーラムでは東京大学大学院情報学環の佐倉統先生と、適正技術フォーラム共同代表の田中直から講演があり、その後、ATFJ理事で國學院大學研究開発推進機構客員教授の古沢広祐をモデレーターとするバネルディスカッションが行われました。

佐倉先生のご講演は、欧米等のユダヤ教・キリスト教をルーツにもつ文化圏においては、AIやロボットは、人間と対置され、互いに向き合うものと位置付けられており、機械が進歩していって逆に人間を支配するのではないかといった恐れがもたれることが多いのに対し、日本においては、人間とロボットは同じ方向を向く扱いをされることが多い、絵画や映画の世界でも、日本では、浮世絵の絵画や小津安二郎の映画のように、登場人物が同じ対象をともに見る「第三項共視」の構図が好まれるのに対して、西欧の絵画においては、それぞれの人がバラバラな方向を見ている場合が多い、東アジアにおいては、人は自然の一部であるとする調和的自然観が一般的だが、西欧においては、自然は厳しく、人間にとって敵対するものとしてあらわれる、そのような、それぞれの地域性や文化性にあった、ロボットやAIとの付き合い方を考えよう、とするものでした。

第13回適正技術フォーラム『ICTと人間の幸福な関係を築くには』(佐倉統)レジュメ

一方、田中は、80年代前半に情報処理の業務を経験したことをきっかけにコンピュータの問題を考え始めたが、問題を考えるに当たってそこからインスピレーションを得てきたものとして、演劇のレッスンの経験などを紹介。そして、今日のデジタル化の生じている背景として、長期的には、近代化の進行にともなう社会の計算可能性の増大があること、より短期的には、物質的成長が環境の壁に突き当たり、情報分野に活路を求めざるを得なくなった一方、情報通信技術の分野で飛躍的な発展があったことをあげました。そして、デジタル化がもたらす可能性のある問題を、失業、人間・労働疎外、管理社会化の三つのカテゴリーで論じました。よく、機械にできることは機械にまかせて、人間は人間にしかできないことをやればよいといわれるが、実際に生じることは、専門性を要する少数の管理的労働と多数の新たな単純労働への二極分解と失業であること、個人情報が膨大に収集されていき、その情報を握るものが多大な富と強大な権力をもって人々を支配・操作していくことのリスクなどを指摘しました。また、そのような問題をもたらさない、適正な技術選択のあり方を論じました。

第13回適正技術フォーラム『デジタル化の両義性を考える』(田中直)要約

古沢広祐氏をモデレーターとするパネルディスカッションでは、デジタル化は好むと好まざるにかかわらず進むので、それを飼いならして、問題がある中でも何とかやっていくことが大事という見解がある一方、今日の世界が当面している問題を乗り越えるためには、中世から近代への転換に匹敵するような社会の根本的な転換が必要で、成長に依存しない、小規模分散型の社会の形成など、代替的社会全体の構想を持ちつつ、その中でやれることは何かを考えてやっていくことが重要という意見もありました。また、デジタル化の問題の核心的部分は人間・労働疎外の観点なくしてとらえられないのに対し、かつて活発に論じられた疎外論が失われてしまったので問題が見えづらくなっている、という指摘があった一方、身体論の面では疎外論が引き継がれているのではないかというご意見もありました。介護業界も盛んにDX化がいわれているが、人材不足、業務効率化など、目的がさまざまに設定され、利用者もロボットに介護されたい人とされたくない人がいる、最適解を探していくのが課題というご意見も聞かれました。デジタル化にはポジティブな面とネガティブな面があり、その問題は多元的で広範囲にわたるため、今後も掘り下げていく必要がある、というのが一致した見解ではなかったかと思われます。

2022年度ATFJ研究会『シリーズ:デジタル化と人間・社会の変容』

この研究会は、2022年7月から11月まで、約4ケ月をかけて全5回のシリーズで行われ、各回テキスト(+副読本)を定めて、そのテキストの内容を手がかりに自由に議論する読書会形式で行われました。それぞれの回で、担当の方を決めて、まずおひとりがテキストの内容を要約して参加者の間で共有し、ついで数名のコメンテーターがコメントを出してから自由にディスカッションするという流れでした。定例メンバーの方を中心に、各回およそ10名の方が参加されました。各回のテーマやテキストについては以下をご覧下さい。

https://atfj.jp/news/kenkyukai2022/

研究会では、まずデジタル化が生じている歴史的な文脈を大きな視野で把握しようとし、ついで、人工知能や自動運転といった、デジタル化のカギとなる技術について、その正の面と負の面を論じました。ついで、個人情報が膨大に収集され、それを利用する者が権力をにぎり富を得ていく問題を考え、最後にこれからの社会に大きな影響を与える可能性のあるメタバースについて論じてから、まとめの議論をしました。各回の議論の中では、問題を途上国の視点からも考えるべきこと、テレワークで遠隔的に仕事することの良し悪し、自分について収集されている情報について、その内容や使い道を知る権利、削除すべき情報を削除し、使い方を制限する権利等が確立される必要があることなど、さまざまな意見が出されました。

自由な意見交換を行うことが主で、研究会として統一した見解を出すことはめざしていませんでしたので、下に私(田中)としての研究会のまとめを掲載しておきます。

2022年度ATFJ研究会をふりかえって(田中)

フォーラムのまとめにもありますが、デジタル化の問題は、多次元、多方面にわたります。そのポジティブな面は声高に語られますが、ネガティブな面は語られることがあまりにもわずかで、問題の重大さにかかわらず、全体性をもった構造的解析やそれにもとづく対処が著しく欠落していると感じます。今年のフォーラムや研究会の議論もひとつの手がかりとして、より議論を深め、必要な行動・対処をしていくことが重要と思います。                                                               (文責:田中直)

 

 

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